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  • 1994年(平成6年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1994年(平成6年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1994年(平成6年)の日本新語・流行語大賞です。1984年から開始され、この年は第11回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    気になったワードは大賞の1つ「イチロー」で、当時中学生でしたが大きく報道されていたのを覚えています。
    あとは学校でも真似されてた「同情するならカネをくれ」に、宮沢りえさんの「すったもんだがありました」のCMは意味がわかりませんでしたが、大人になって事情がわかってきました。

    公式サイトの発表はこちら「1994年の日本新語・流行語大賞」です。

    1994年の日本新語・流行語大賞

    1994 大賞

    「すったもんだがありました」 宝酒造「タカラcanチューハイ」のテレビCMで宮沢りえさんが言う台詞。「すったもんだ」は漢字で「擦った揉んだ」となり、物事がうまくいかずごたごたした様子を表す言葉。
    景気後退や様々な事件など世間でもいろいろな「すったもんだ」がありましたという事を言いたいようですが、1992年に貴花田(後の貴乃花)との婚約し3ヶ月後の1993年にスピード解消している彼女が言う事で想像を掻き立てられました。
    CMの商品は「すりおろしりんご」の缶チューハイであり、すりおろしと「擦った」をかけています。
    受賞者は女優の宮沢りえさん。
    イチロー(効果) この年プロ野球の選手名登録を「鈴木一朗」から「イチロー」に変更したオリックス・ブルーウェーブのイチロー選手が前人未踏のシーズン200本安打(最終的にも210本)という偉業を達成するなど大活躍。
    イチロー選手が行っていた、前足(イチロー選手は右脚)を振り子のように動かす事から名づけられた「振り子打法」も注目されました。
    他にも首位打者、日本プロ野球史上最年少のシーズンMVP、日本プロ野球新記録の69試合連続出塁など、その活躍ぶりは連日報道され様々な波及効果は「イチロー効果」と呼ばれました。
    受賞者はご本人の鈴木一朗さん。
    「同情するならカネをくれ」 日本テレビで4月16日から7月2日まで全12回で放送されていたテレビドラマ「家なき子」で、安達祐実さん演じる小学校6年生の主人公「相沢すず」が言う台詞。
    家庭は貧しく、家庭内暴力も受ける悲惨な環境の中、様々な困難に負けず生き抜くすずの姿を描く内容。「同情するなら金をくれ!」と叫ぶシーンは世間に強烈な印象を残しました。
    受賞者は女優の安達祐実さん。

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    1994 トップテン入賞

    価格破壊 「ダイエー・松下戦争」と呼ばれる、価格破壊の象徴ともいえるダイエーと松下電器産業(現在のパナソニック)との販売価格を巡る対立で裁判にまで発展した争いがこの年和解。
    ダイエー創業者・中内功さんの「いくらで売ろうともダイエーの勝手で、製造メーカーには文句を一言も言わせない」という方針のもと値引き販売を行いましたが、これにメーカーの反発を招き松下電器産業はダイエーに対し出荷停止の措置を取ります。
    この対立は1964年から1994年まで続いたため30年戦争とも呼ばれるようになりました。
    なお価格破壊の用語自体はこの年誕生したのではなく以前から存在しており、前年の流行語1993年の表現部門の金賞「2500円スーツ」の際も使われた言葉です。
    受賞者はダイエーグループの中内功さん。
    ヤンママ 「ヤンキー」で「ヤング」(若い)なママのこと。これまでの母親像とは異なる、若くて派手なファッションに茶髪という母親が急増したことから注目された用語。
    以前はヤンキー(に見える)のママをそう呼ぶ事が多かったようですが、2016年現在はヤングのママを指している場合が多いように感じます。
    受賞者はヤンママの集団に注目し「ヤンママクラブ」と名づけた笠倉出版社の田村恵子さん。
    新・新党 前年1993年に「新党さきがけ」や「新生党」など、政党名に「新」の付く名称が注目されるなか、この年自民党に対抗するため野党の合流を目的に小沢一郎さんが代表幹事として「新・新党」を結成することに。
    政党名は「新進党」に決まり、この名称が注目されました。なお、その後同党は分裂し1997年に解散しています。
    受賞者は小沢一郎さん。
    大往生 この年に発売された永六輔さんの著書「大往生」が200万部を超える大ベストセラーに。
    「死」や「老い」「病い」テーマに、一般の高齢者からの言葉をまとめたもの。必ず迎えなければならない死、この取っ付きにくいテーマをもっと気軽に語り表現した本。
    受賞者は永六輔さん。
    人にやさしい政治 この年、村山富市さんが第81代内閣総理大臣として就任、国会演説の中で施政方針として掲げたのが「人にやさしい政治」でした。
    お粗末で不明確な政治テーマだとしてマスコミに取り上げられました。
    受賞者については公式サイトより「言行一致が明確になるまでは表彰を保留」とのこと。
    契約スチュワーデス 経営状態が悪化していた航空各社は正社員のスチュワーデス(当時の呼称、現在のキャビンアテンダント)でなく、「契約スチュワーデス」(アルバイトスチュワーデス)の採用を決めますが、当時の運輸大臣である亀井静香さんが「乙女心に付け込んで」とこれに異議を唱え、世間やマスコミや女子学生を巻き込み論争に。
    当時の時代背景として、スチュワーデスは給料は突出して高い上に華やかで女性憧れの職業であり、たとえ給料が低くなったとしても「契約スチュワーデス」により就職への敷居が下がったとの声が多くあり歓迎ムードが大勢だったようで、運輸大臣への批判が見られました。
    受賞者は各航空会社の辞退により無し。
    関空(かんくう) 9月4日、大阪湾内の人工島に作られた日本初のすべてが人工島である海上空港「関西国際空港」が開港。関西国際空港の略称である「関空」(かんくう)は覚えやすく関西らしいネーミングとして好評となりマスコミでも良く使われる愛称となりました。
    受賞者は関西国際空港社長の服部経治さん。

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    1994 審査員特選造語賞

    ゴーマニズム 「おぼっちゃまくん」などの漫画でも知られる、小林よしのりさんの「ゴーマニズム宣言」が人気漫画に。ゴーマニズムは傲慢(ごうまん)からの造語で、社会問題や政治問題に対し小林よしのりさんの主張や意見などが描写されている思想漫画。略して「ゴー宣」。
    受賞者は小林よしのりさん。
    就職氷河期 リクルートの就職雑誌「就職ジャーナル」の1992年11月号で提唱された用語で、バブル経済崩壊による景気の冷え込みで就職が困難である状態を表現した言葉(後に1993年から2005年の間との見解があります)。
    特にこの年の大卒就職難が社会問題となり注目されました。
    受賞者は就職ジャーナル元編集長の長薗安浩さん。

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  • 1993年(平成5年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1993年(平成5年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1993年(平成5年)の日本新語・流行語大賞です。
    1984年から開始され、この年は第10回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    この年はなんといっても年間大賞のJリーグが印象に残っています。新語部門の金賞「サポーター」もサッカー関連用語ですね。
    表現部門の銀賞「ウゴウゴルーガ」は当時中学生でしたが学校でよく話が出てました。

    あとはダチョウ倶楽部の上島さんの持ちネタ、大衆語部門の銀賞「聞いてないよぉ」はこの頃から使われてたんですね。

    公式サイトの発表はこちら「1993年の日本新語・流行語大賞」です。

    1993年の日本新語・流行語大賞

    1993 年間大賞

    Jリーグ この年、日本初のプロサッカーリーグである『Jリーグ』が開始。
    各チームの特集報道やJリーグ選手のテレビ出演、タオルやユニフォームなどのサッカーグッズだけでなく、スナック菓子などの食品も発売されるなど、昔からのサッカーファンだけでなく一般の人達も巻き込むブームに。
    正式名称は「日本プロサッカーリーグ」(英語:Japan Professional Football League)。
    開始当時の10チーム(鹿島アントラーズ、ジェフユナイテッド市原、浦和レッドダイヤモンズ、ヴェルディ川崎、横浜マリノス、横浜フリューゲルス、清水エスパルス、名古屋グランパスエイト、ガンバ大阪、サンフレッチェ広島F.C)はオリジナル10と呼ばれています。
    受賞者は日本プロサッカー・リーグチェアマンの川淵三郎さん。

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    1993 新語部門

    金賞
    サポーター Jリーグチームを応援する観客で、応援するだけでなくチームを支える「12人目のプレイヤー」の存在として使われる言葉・概念。
    特に注目されたのは、対イラク戦でロスタイム中の失点によりワールドカップ初出場を逃した「ドーハの悲劇」と呼ばれる出来事で、選手の応援のために現地にかけつけたファンや中継を見守る人達が選手と一体となって喜んだり悲しんだりする場面が挙げられます。
    受賞者はサポーター代表としてドーハにも同行したカズこと三浦知良選手の夫人である女優・モデルの設楽りさ子さん。
    銀賞
    新・○○ 6月21日の「新党さきがけ」、6月23日の「新生党」、1992年の「日本新党」など、新しい時代を求める流れから「新」と付く政党が次々誕生。
    そして俳優の加瀬大周さんが芸能事務所から独立しようとした際に芸名を巡ってトラブルになり、裁判の結果事務所側が敗訴し「加瀬大周」は現在使っている俳優が継承することに。
    これに対し事務所は「新加瀬大周」という新しい俳優をデビューさせますが、後に「坂本一生」に改名。この出来事は芸能ニュースで大きく取り上げられ、政党名も含めて「新○○」の名称が話題になりました。
    受賞者は新加瀬大周改め坂本一生さん。
    銅賞
    FA(フリーエージェント) 日本プロ野球でこの年のオフに「フリーエージェント」制度が導入されました。早速この制度を利用して落合博満さんが中日から巨人へ移籍。この大型移籍でFAが広く知られる事になりました。
    フリーエージェントは、条件を満たせばどの球団とも選手契約を結べる制度で「国内FA」と「海外FA」があり、それぞれ規定の期間以上の在籍でFA権を行使(FA宣言)することが出来ます。
    受賞者は落合博満さん。

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    1993 流行語部門

    金賞
    規制緩和 値上げや値下げが規制され長い間地域ごとに統一されていたタクシーの運賃でしたが、MKタクシー(エムケイ株式会社)が運輸省(現在の国土交通省)を相手取り「運賃値下げ裁判」を起こし1985年の第一審で勝訴、第二審で和解となったことを受け、この年に運賃の値下げが認可(規制緩和)されました。
    12年にわたる値下げへの戦いが話題となり広く「規制緩和」の言葉が知られるようになりました。様々な「規制」が経済の発展を阻害しているとの声は以前からありましたが、これをきっかけにタクシー以外の業界でも「規制緩和」の声が強くなりました。
    受賞者はMKタクシー会長の青木定雄さん。
    銀賞
    清貧 富を追い求めて私腹を肥やすなど私欲に走らず、清く正しいがために貧しく質素であろうとする考え。
    中野孝次さんの1992年の著書「清貧の思想」がベストセラーになり注目された用語。汚職や拝金主義が広まる時代背景もこの言葉を際立たせました。
    受賞者は作家の中野孝次さん。
    銅賞
    天の声 自治体による公共事業の入札をめぐり、建設会社(ゼネコン)が議員や知事や市長に賄賂を渡し談合を行っていたとして、石井亨元仙台市長はじめ建設相、宮城県知事、茨城県知事、大手建設会社役員が逮捕されるなどの事件が相次ぎました(ゼネコン汚職事件)。
    賄賂を受け取った市長らは「天の声」で入札企業を決めていたといいます。この都合のいい表現を使った隠語が話題に。
    受賞者は対象者が拘留中のため保留。

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    1993 大衆語部門

    金賞
    親分 当時のプロ野球の日本ハムファイターズの監督を務めた大沢啓二さんの愛称。「大沢親分」「大沢の親分」など。
    この年は西武との激闘で2位だったものの、ユーモアのあるコメントや人柄がマスコミで取り上げられました。
    なお、大沢啓二さんの孫はタレントの大沢あかねさんです。
    受賞者はご本人の大沢啓二さん。
    銀賞
    「聞いてないよォ」 肥後克広さん、寺門ジモンさん、上島竜兵さんのお笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」のギャグ。テレビ番組内で台本には無い危険な演出などの場面で『聞いてないよぉ~』と叫びます。
    「お笑いウルトラクイズ」でまったく聞いていない企画に突然参加することになった際、メンバーの寺門ジモンさんがポロッと言ったのが始まりのようです。
    受賞者はダチョウ倶楽部。
    銅賞
    お立ち台 ディスコやクラブで通常のフロアの位置より1段高くなっている「お立ち台」は、目立ちたいまたは目立たせたい女性をそこに上げ躍らせる場所。
    伝説的なディスコ「ジュリアナ東京」で派手なボディコンにミニスカート姿、当時流行っていた扇子を振って踊る「お立ち台ギャル」の姿は、今でもバブル時代の象徴的な光景として映像が使われます。
    もともとは六本木にある「ギゼ」というお店が発祥とされ、「ジュリアナ東京」のド派手な演出がメディアに取り上げられるようになり全国のクラブへと広まっていったようです。
    受賞者はスーパーセクシーナイトでお立ち台ギャルNo.1になった栃木県代表の古宇田敬子さんと埼玉県代表の小川啓子さん。

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    1993 表現部門

    金賞
    2500円スーツ 洋服の青山東京銀座店がオープンセールで9割引と言う2500円でスーツを販売。バブル崩壊後で「価格破壊」が注目されていた事もあり大きく取り上げられました。
    各メディアの宣伝効果もあり、店には長蛇の列が出来、他の商品も売れ同社の1日の売り上げの新記録となったそうです。
    受賞者は洋服の青山東京銀座店。
    銀賞
    ウゴウゴ・ルーガ フジテレビで1992年10月5日から1994年3月25日まで放送されていた子供向けバラエティ番組で、当時としてはまだ珍しいCGを使ったヴァーチャルスタジオで架空のキャラクターと、実際の2人の子役「ウゴウゴくん」と「ルーガちゃん」が織り成す駆け引きやシュールなギャグが独特の世界を醸し出し話題に。
    「ウゴウゴ」「ウゴルー」などと略されます。
    受賞者はウゴウゴくん役の田島秀任さんとルーガちゃん役の小出由華さん。
    銅賞
    たま・ひよ(族) 福武書店(現在のベネッセコーポレーション)から発行されていた、妊娠から出産までの情報誌「たまごクラブ」育児の「ひよこクラブ」の2誌を略して「たま・ひよ」が若いママ達の間で大ヒット。
    読者モデル起用、読者を主役とした内容にするなどこれまでの出産・育児本になかった展開が受け入れられ「たま・ひよ族」なる言葉も生まれました。
    受賞者はたま・ひよママ代表とされる綿引出さんと森久美子さん。

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    1993 特別賞部門

    年間傑作語録賞
    「悪妻は夫をのばす」 プロ野球選手の落合博満さんと、その夫人・落合信子さんとの関係がマスコミで取り上げられ話題に。
    オラオラ系の信子さんと何でも言いなりですが野球の実績はすばらしい落合選手のやりとりが面白おかしく、かたせ梨乃さん布施博さん主演で全2回のテレビドラマ「悪妻は夫をのばす!落合博満夫妻物語」も放映されました。
    「悪妻」として信子さん自ら1986年の「悪妻だから夫はのびる―男を奮い立たせる法」や1991年の「悪妻だからまだまだ夫はのびる―男への鞭の入れ方」を出版しています。
    なお新語部門の銅賞にもなっている「FA」で夫の落合博満さんが行使するか悩んでいたところ、信子さんが強引に行使させたとも言われています。
    受賞者は落合信子さん。

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  • 1992年(平成4年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1992年(平成4年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1992年(平成4年)の日本新語・流行語大賞です。
    1984年から開始され、この年は第9回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    2年前の「1990年の流行語」では『バブル経済』が流行語部門の銀賞になっていて、この年1992年は『複合不況』が表現部門の金賞に、同銅賞には『謝長悔長』と、バブルがはじけ景気後退が伺えるワードが入ってます。

    あと目にとまったのは年間大賞の『きんさんぎんさん』や流行語部門の金賞『冬彦さん』です。子供の頃にテレビに限らず学校などでもよく耳にした記憶があります。

    公式サイトの発表はこちら「1992年の日本新語・流行語大賞」です。

    1992年の日本新語・流行語大賞

    1992 年間大賞

    きんさん・ぎんさん 前年1991年に数え年で100歳になった長寿の双子姉妹、成田きんさんと蟹江ぎんさんの「きんさんぎんさん」がダスキンのテレビCMに出演し『きんは100歳100歳、ぎんも100歳100歳。ダスキン呼ぶなら100番100番。』の台詞で一躍全国的に知られるようになり「国民的アイドル」ともいえる人気に。
    「通販生活」や「ニッポン放送」のCMも出演しておりこちらも話題に。「金」と「銀」で縁起のいい名前や絶妙な二人の会話などが好感され、行動や発言はニュースやバラエティ番組など様々なメディアで連日のように報道される状態に。
    なおこの年の流行語の語録賞「うれしいような、かなしいような」「はだかのおつきあい」の2つもきんさんぎんさんの言葉であり、この年のブレイクぶりが伺える受賞となっています。
    翌年1993年には第44回NHK紅白歌合戦に応援ゲストとして出演しました。
    受賞者は成田きんと蟹江ぎんさんの両名。

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    1992 語録賞

    うれしいような、かなしいような 年間大賞である「きんさん・ぎんさん」がダスキンのテレビCMで言う台詞。向かい合った二人が100歳になった事を『うれしいような、かなしいような』と言います。
    素直な感想とこのかけひきが受け受賞。受賞者は成田きんと蟹江ぎんさんの両名。
    はだかのおつきあい きんさんぎんさんが報道陣から貴花田(後の貴乃花)さんと宮沢りえさんの電撃的な婚約の感想を聞かれ答えた言葉。マスコミも視聴者も思わぬ一言に沸きました。受賞者は成田きんと蟹江ぎんさんの両名。

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    1992 新語部門

    金賞
    ほめ殺し 「恩人を裏切る華麗な“芸”を持つ竹下さん」「日本一金儲けのうまい竹下さんを総理にしましょう」のように、褒め称えているようで非難や中傷や嫌がらせをする事。
    本来の意味は、成長の過程などにおいて褒める事でその人をダメにしてしまう事を言う言葉でしたが、この年は政治の世界でこの言葉が飛び交いました。
    「東京佐川急便事件」(皇民党事件)の公判中に明らかになった内容で、竹下登さんが田中角栄さんを裏切ったことが原因で右翼団体の日本皇民党から執拗なほめ殺しを受けます(裏切りの内容については1985年の流行語でもある「角抜き」にを参照下さい)。
    これをサンデー毎日が「ほめ殺し」と報道し広く使われるようになったようです。
    なお、マスコミが使い出す前はハマコーの愛称で知られる政治家の浜田幸一さんが使い政治家の間で広まったとの話もあります。
    受賞者はサンデー毎日編集部員の小林泰一郎さん。
    銀賞
    カード破産 グルメに遊びにファッションに使ったクレジットカードの返済がバブル崩壊とともに重くのしかかることに。
    多くの消費者が影響を受け、自己破産しか選択がない人たちが急増。「カードによる自己破産」から「カード破産」に。
    受賞者はカード破産という造語を生み出し、被害者救済に動いた弁護士の宇都宮健児さん。
    銅賞
    もつ鍋 牛・豚・鶏の内臓「もつ」をニラやキャベツ等の野菜とともに煮込む料理、あの「もつ鍋」(ホルモン鍋)がこの年大ブームに。
    当時は主に福岡県福岡市で郷土料理として食べられていたもつ鍋が、東京に出店しブームに乗って店舗が急増しました。
    受賞者は銀座にもつ鍋「元気」をオープンしブームのきっかけを作ったとされる店主の井上修一さん。

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    1992 表現部門

    金賞
    複合不況 日本のバブル崩壊の要因や現在の状態を鋭く指摘した経済学者・宮崎義一さんの著書「複合不況」がベストセラーとなり、マスコミでもこの言葉が頻繁に使われる事になったことから。
    受賞者は「複合不況 – ポスト・バブルの処方箋を求めて」著者の宮崎義一さん。
    銀賞
    9K 労働環境や作業が「きつい」「汚い」「危険」である職場の事を、アルファベットにして頭文字をとり「3K」と言いますが、看護婦(当時の呼称)はさらに「休暇がとれない」「規則がきびしい」「化粧がのらない」「薬に頼って生きている」「婚期が遅い」「給料が安い」が加わった『9K』であるとの主張が話題に。
    受賞者は労働組合を中心とした団体が行う、ナースの労働環境を改善するための取り組み「ナースウェーブ行動」の当時代表・江尻尚子さん。
    銅賞
    謝長悔長 バブル経済崩壊によりそれまでうまくいっていた会社の経営が立ち行かなくなったり、不祥事などの発覚などにより経営陣(社長や会長)がテレビカメラや新聞記者などマスコミの前で頭を下げる光景が日常化するようになりました。
    それを謝長悔長(しゃちょうかいちょう)、謝る社長・後悔しきりの会長という意味を込めて表現した言葉。
    住友生命が1990年から募集している「創作四字熟語」で発表された用語。
    受賞者はこの作品を応募した主婦・浦上由子さん。

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    1992 流行語部門

    金賞
    冬彦さん 1992年7月3日から9月25日まで毎週金曜日22:00からTBS系列で放送されていたTVドラマ「ずっとあなたが好きだった」で登場する桂田冬彦(冬彦さん)のキャラが話題に。
    マザコンで歪んだ愛情を賀来千香子さん演じる桂田美和(旧姓・西田)へぶつける冬彦さんの言動や行動が不気味で、「冬彦さん現象」とも呼ばれるブームになります。
    特に唇を歪めて「うんんん~」と唸り声を上げるシーンは強烈なインパクトを残しました。
    受賞者は冬彦さんを演じた俳優の佐野史郎さんと、その母親を演じた女優の野際陽子さん。
    銀賞
    「ねェ、チューして」 コーセーの化粧品「ルシェリ」のテレビCMでの台詞。
    男性(唐沢寿明さん)と女性(水野美紀さん)が寄り添っていて、女性が「ねえ、チューして」と迫る内容。ドキッっとさせられるこのフレーズが話題に。
    なお翌年1993年のCMでは瀬戸朝香さんが起用されました。
    受賞者は俳優の唐沢寿明さん。
    銅賞
    上申書 当時、自民党副総裁だった金丸信さんに5億円の不法献金があったとされる「東京佐川急便事件」で、東京地方検察庁特別捜査部が金丸さんに対し事情聴取のため出頭を求めますがこれに応じませんでしたが、政治資金規正法違反を認める上申書を提出したため検察庁は事情聴取を行わず略式起訴という特別扱いを行いました。
    この違法な状態が許されるならと、三重県の建設会社社長が建築基準法違反の出頭命令に対し「上申書」を提出し、法の下の平等を実践したと話題に。
    受賞者は上申書を提出した建設会社社長の小林正さん。

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    1992 大衆語部門

    金賞
    宇宙授業 宇宙飛行士の毛利衛さんが、9月12日からスペースシャトル「エンデバー」に搭乗科学技術者として搭乗。
    飛行中に毛利さんは北海道の母校である黒川小学校の子供たちと交信を行い、素朴な疑問を投げかける子供たちとそれに応える毛利さん。その光景は「宇宙授業」と称され話題に。
    受賞者は毛利衛さん。
    銀賞
    歌手の小金沢クン 小金沢昇司さん本人出演の、のど用治療薬「フィニッシュコーワ」のテレビCMで流れるナレーション『歌手の小金沢君が使っているのはフィニッシュコーワ』のフレーズで一躍有名に。
    マイクの前でのどの調子が悪そうな「小金沢くん」が、この商品を使って調子が良くなるという内容。全くの無名で普通の若者にも関わらず普通に紹介されていたため「誰なんだ」という話題から広まりました。
    有名になった後、他の番組に出演する際は「歌手の小金沢君」と紹介される場面が多々見られました。
    また当時としたはCM内で実名を使ってのプロモーションが珍しかった背景もあります。
    受賞者はご本人の小金沢昇司さん。
    銅賞
    ツインピークス 1990年から1991年にアメリカで放送されたテレビドラマで、ワシントン州にあるとされる架空の田舎町「ツインピークス」で起きた17歳の少女「ローラ・パーマー」の殺人事件を主軸に、人間関係や社会問題、宗教、など幅広いストーリーが描かれています。
    日本ではWOWOWが1991年4月(WOWOW開局もこの月)から放送を開始し、撮影場所であるワシントン州スノクァルミーを巡るツアーも企画されるなどの人気に。
    1992年には映画「ツイン・ピークス ローラ・パーマー最期の7日間」も公開されました。
    受賞者はツインピークス・ファンクラブ。

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    1992 特別語部門

    特別賞
    「Time for change」 1992年米大統領選期間中のビル・クリントンさんの発言から。意味は「変革の時」。
    選挙では同氏が勝利し、1993年1月20日アメリカ合衆国大統領に就任。
    受賞者はアメリカ合衆国大使館。

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  • 1991年(平成3年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1991年(平成3年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1991年(平成3年)の日本新語・流行語大賞です。
    1984年から開始され、この年は第8回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    子供ながらによく聞いた覚えがあるフレーズが3つありました。
    年間大賞の「○○じゃあ~りませんか」と大衆部門金賞「僕は死にましぇ~ん」と銀賞の「ダダーン ボヨヨン ボヨヨン」です。
    年間大賞については若くても関西の方であれば知っていそうですね。

    公式サイトの発表はこちら「1991年の日本新語・流行語大賞」です。

    1991年の日本新語・流行語大賞

    1991 年間大賞

    「…じゃあ~りませんか」 吉本興業の芸人・チャーリー浜さんのギャグ。
    以前から新喜劇では使われていたフレーズでしたが、この年放送されたサントリー「ポケメシ」でのテレビCMのセリフ「ポケメシじゃ、あ~りませんか」がきっかけとなり流行語に。
    受賞者はご本人のチャーリー浜さん。

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    1991 新語部門

    金賞
    火砕流 雲仙・普賢岳の大噴火が起き大きな人的被害を出しました。前年1990年に噴火し火砕流が発生、特に1991年6月3日に発生した火砕流では溶岩ドームから3.2km地点まで到達(火砕サージは5km地点まで)し、報道関係者や消防関係者ら死者43名という大惨事に。
    この時被害を大きくしたのは火砕流で、当時はまだこの火砕流に対する認識が薄く被害を大きくした背景があります。
    火砕流は「火山砕屑物の流れ」を略したもので、写真などで見ると煙のように見えますが、気体と固体粒子(マグマの細かい破片)が入り混じった密度流で、山にもよりますがその温度は100度から1000度くらいとされ、100km/hもの速度で流れてきます。
    これ以降マスコミでは頻繁に「火砕流」のワードが使われ広く知られるようになりました。
    受賞者は気象庁雲仙岳測候所の花田簡輔とほかのみなさん。
    銀賞
    「ひとめぼれ」 「ササニシキ」の後継として誕生したブランド米。「コシヒカリ」と「初星」の交配から誕生し、その親しみやすいネーミングも話題に。
    この年、水稲農林313号で「ひとめぼれ」として命名登録され、翌1992年に種苗法による品種登録されました。
    粘りが強く冷めても食味が良い、そして良耐冷性がありコシヒカリよりも育てやすいのが特徴。
    受賞者は命名者の伊藤亘さん。
    銅賞
    八月革命 8月18日、モスクワで起きたクーデター。
    クリミア半島の大統領別荘におり不在だったソ連の最高指導者ゴルバチョフさんに対して、ゲンナジー・ヤナーエフさんなど守旧派が中心となり引き起こしましたが、ボリス・エリツィンさんを中心とした市民などの抵抗があり失敗します
    この騒動は日本でも大々的に報道されますがおよそ3日で収束。ただしソ連崩壊の引き金ともいえる出来事でした。
    受賞者は該当者無し。

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    1991 表現部門

    金賞
    川崎劇場 決して強くはないものの劇的な展開の面白い試合が多かったといわれていたロッテ・オリオンズが千葉への移転と「千葉ロッテマリーンズ」への改称が決定。
    ロッテ・オリオンズが本拠地としていた川崎球場が「テレビじゃ見れない川崎劇場」をキャッチコピーに行っていたテレビCMも話題になり、この年の観客動員は102万1000人に。同球団史上初の100万人突破となりました。
    受賞者は元ロッテ・オリオンズ監督の金田正一さん。
    銀賞
    地球にやさしい 80年代後半から環境問題が盛んに取り上げられるようになり、この頃から「地球にやさしい」というキャッチフレーズが使われ始めます。
    誰がいつ作ったものなのか正確な情報は確認できませんが、環境庁編の環境白書「地球にやさしい足元からの行動に向けて」が前年の1990年5月に出版されていますので、これより少し前くらいかと予想できます。
    環境破壊を防ぐにあたり難しい堅苦しい言葉でなく、わかりやすく的確なこのネーミングがこの年よく聞かれるようになりました。
    受賞者は「地球にやさしい」に取り組んだとされる講談社から、学芸局局長の田代忠之さん。
    銅賞
    紺ブレ 保守的なファッションを意味する「コンサバ系」の代表的な着こなしとして「紺のブレザー」略して『紺ブレ』が流行。
    この年1月7日から放送された「東京ラブストーリー」のヒロインである鈴木保奈美さん演じる「赤名リカ」が着ていたのがきっかけと言われています。
    受賞者は自称紺ブレ着こなし自慢代表。

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    1991 流行語部門

    金賞
    若貴 この年大相撲では若花田(後の若ノ花)と貴花田(後の貴乃花)の兄弟が大活躍。「若貴フィーバー」と呼ばれ、大相撲ブームを牽引しただけでなく相撲ファン以外の層にもよく知られた存在になりました。
    マスコミでは連日のように「若貴」兄弟の様子や生い立ち、母親の憲子への取材などが取り上げられました。
    受賞者はおかみさんこと花田憲子さん。
    銀賞
    重大な決意 9月30日、政治改革関連3法案が小此木彦三郎委員長の宣言により廃案に。これを受け当時首相の海部俊樹さんが「重大な決意で臨む」と発言し衆議院の解散総選挙を匂わせますが、自民党内で反発があり「海部おろし」と呼ばれる党内の倒閣運動により退陣に追い込まれました。
    この「重大な決意」が解散総選挙を表現した言葉としてマスコミで使われ話題に。
    受賞者は政治家(当時自民党)で、廃案に抗議したとされる石破茂さん、簗瀬進さん、今津寛さん、佐藤謙一郎さんの4名。
    銅賞
    損失補填 損失補填(そんしつほてん)は、証券会社が株価下落による顧客の損失を埋めるための利益提供のことで、この年証券会社による大企業など大口の顧客への損失補填が社会問題になりました。
    それまでの証券取引法では、取引前の損失保証や損失が生じてからの補填については想定いませんでしたが、その後年内の証券取引法改正により損失の保証・補填が禁止されました。
    株に関係ない場所でも「損失補填しろ!」の様な言い回しが使われるなどの現象も起きました。
    受賞者は全国証券問題研究会の武井共夫さん。

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    1991 大衆部門

    金賞
    「僕は死にましぇ~ん」 フジテレビ系で7月1日から9月16日まで毎週月曜日21:00から放送していたドラマ「101回目のプロポーズ」で武田鉄矢さん演じる星野達郎が言うセリフ。
    浅野温子さん演じる矢吹薫が以前のように恋人を失う(亡くす)ことが怖いとの告白に対して、達郎が突然走り出しダンプカーの前に飛び出し、ギリギリのところでダンプカーが止まった後に『僕は死にましぇん。僕は死にましぇん! あなたが好きだから、僕は死にましぇん。僕が、幸せにしますからぁ!』と絶叫。
    さえない中年男が綺麗な女性を射止めるというストーリーも相まってインパクトのあるシーンとなり話題に。
    受賞者は武田鉄矢さん。
    銀賞
    「ダダーン ボヨヨン ボヨヨン」 ピップフジモト(現:ピップ)の栄養ドリンク「ダダン」のテレビCMでアマゾネス風の大きな女性が『ダ・ダーン! ボヨヨン、ボヨヨン、ダ・ダーン!』というセリフと振り付けが強烈な印象を残し話題に。
    ダ・ダーンの部分で力こぶを作るポーズをし、ボヨヨンの部分で胸を揺らす仕草をします。
    出演している女性の正体はアメリカの女子プロレスラー「レジー・ベネット」さんで、このCMを機に日本でもプロレスの活動をはじめました。
    受賞者は当時ピップフジモト代表取締役社長の松浦義二さん。
    銅賞
    ダンス甲子園 日本テレビ系列で放送されていた「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」番組内でダンスを競う企画。
    テレビタレントではなく一般の高校生などが主に出演していて、本格的なダンスで勝負したり面白さを狙ったもの、独特な動きなど様々なパフォーマンスが見られ人気に。
    元タレントで政治家の山本太郎は「アジャ・コング&戸塚ヨットスクールズ」の「メロリンキュー」として出場していました。
    受賞者は「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」。

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    1991 特別部門

    特別賞
    チャネリング 宗教の「幸福の科学」大川隆法さんの著書やマスコミの影響で、霊界と交信してその言葉を語らせる「チャネリング」が流行。また、チャネリングを行う人を「チャネラー」といいます。
    「チャネリング」は日本語でいう「口寄せ」や「イタコ」のような行為ができるというもので、大川さんは釈迦やキリストや坂本竜馬とも交信できるなどの発言があるようです。
    一般的大衆が完全にこのチャネリングを信じ込んでの受賞でなく、怪しんだり完全に嘘だと感じたり信じる人もいるなど様々な意見があり話題になっています。
    受賞者は大川隆法さん。
    連鎖語賞
    雅美さん、雅子さん、たぬき顔 二枚目俳優の上原謙さんと元夫婦だった、大林雅美さんが義理の息子に当たる加山雄三一家との確執を著書「悪い女かしら」などで暴露、不倫疑惑なども浮上し芸能レポーター達の格好のネタになり、悪女としての扱いになってしまいます。
    そんな中梨元勝さんが彼女に対し嘘つきの意味で「たぬき顔」と揶揄し告訴されたとのこと。
    雅美さんは本名の雅子として名前を変えて活動することもあるためこの受賞ワードになったものと思われます。
    上原さんは日本映画界の大スターで、息子は加山雄三さん。1975年に38歳年下の大林雅美さんと結婚しますが、1991年6月に離婚。
    受賞者は芸能レポーターの梨元勝さん。

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  • 1990年(平成2年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1990年(平成2年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1990年(平成2年)の日本新語・流行語大賞です。
    1984年から開始され、この年は第7回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    気になったのは流行語部門の金賞「ちびまる子ちゃん」と流行語部門の銅賞「一番搾り」。
    それぞれ今でも人気のあるアニメと商品ですね。

    新語部門の金賞「ファジィ」は子供の頃になんとなく聞いた事があるのを思い出しました。

    公式サイトの発表はこちら「1990年の日本新語・流行語大賞」です。

    1990年の日本新語・流行語大賞

    1990 新語部門

    金賞
    ファジィ 「ファジィ」(fuzzy)は英語で「あいまい」を意味する言葉で、家電製品にこのファジィを取り入れたのが松下電器産業(現:パナソニック)の洗濯機で、汚れの程度やその質を判断(厳密でなくファジィに)して洗濯時間を調整してくれる製品でした。
    ファジィの概念についてはアゼルバイジャンの学者・ロトフィ・ザデーさんが提唱したファジィ集合・ファジィ論理を応用したものです。
    松下製品のヒットを受けて大手電気メーカーは次々とファジィを取り入れた製品を発売します。
    受賞者は松下電器産業の電化本部電化研究所所長・三上遵太郎さん。
    銀賞
    “ブッシュ”ホン 当時首相だった海部俊樹さんが、当時アメリカ大統領のジョージ・H・W・ブッシュさん(父ブッシュと呼ばれている方です)からの電話でイエスマン的に何でも聞き入れてしまう様子を表現した言葉。日経のコラムで使われはじめ、日米首脳の関係性をとらえているとして他のマスコミでもこの「ブッシュホン」(ブッシュフォン)が使われるようになりました。
    よく取り上げられる事例としては湾岸戦争時の戦費として多国籍軍に130億米ドルもの資金を提供し、国内では「アメリカの言いなりになり無駄金を拠出した」のような批判が起きました。
    受賞者は当時日本経済新聞社政治部の岡崎守恭さん。
    銅賞
    オヤジギャル 年が若いのに行動は「オヤジ」のような女性を指す言葉。電車の中でスポーツ新聞を読んだり、ゴルフバッグを抱えて出社する、疲れたらユンケル皇帝液を飲むなどが挙げられます。
    週刊誌「SPA!」で連載していた漫画「スイートスポット」で描かれた主人公で大手物産会社に勤めるOLの小山田ノンが「オヤジギャル」として描かれており、これが女性にうけ同じような行動をとる人達に対しても使われるようになりました。
    受賞者はスイートスポット作者で漫画家の中尊寺ゆつ子さん。
    表現賞
    アッシーくん 女性が遊ぶときの移動や終電後の自宅や駅への送り迎えなどを、自分の自動車で行う男性のこと。電話を一本で駆けつけ、運転して送り届けるだけの役。
    移動手段の「足」である事から「アッシー」に。
    他にもご飯をおごってくれる「メッシーくん」(飯)や、物品を女性に贈る「ミツグくん」(貢ぐ)なども存在しましたが、その後のバブル崩壊と共にその数は激減することになりました。
    受賞者は自称「アッシーくん」たち。

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    1990 流行語部門

    金賞
    ちびまる子ちゃん(現象) 少女漫画雑誌「りぼん」で連載されていた「ちびまる子ちゃん」が1990年1月7日にテレビ放送を開始、瞬く間に大人気アニメとなります。
    このブームをアメリカの「ワシントン・ポスト」が『日本人の心とマーケットをかっさらった漫画』として紹介しました。
    受賞者はザ・ワシントン・ポスト東京支局記者のトーマス・リードさん。
    銀賞
    バブル経済 当時の株価や地価(土地の価格)は実体経済からかけ離れた値で上がり続けていました。
    「バブル」の意味は、泡のように膨らみ続けるといつかは弾けてなくなってしまう様子を景気に置き換えて表現した言葉で、この頃から人々はこの好景気が続かなくなると感じ始め、テレビや雑誌でもこの「バブル」の文字を見かけるようになりました。
    受賞者は該当なし。
    銅賞
    一番搾り キリンビールがアサヒスーパードライの大ヒットに対抗して発売した「キリン一番搾り生ビール」が大ヒット商品に。
    ビールの製造工程において麦汁をろ過する際に最初に流れ出る、渋みが少ないとされる一番麦汁を使ったビール。
    この一番搾りのヒットにより1988年から50%を割っていた国内シェアを、1991年には再び50%に復活させました。
    なおビール会社各社がスーパードライをめぐってシェア争いを行った「ドライ戦争」は1998年の流行語部門 銀賞を受賞しています。
    詳しくはこちら「ドライ戦争」の項目をご覧下さい。
    受賞者は当時キリンビール社長の本山英世さん。
    パスポートサイズ ソニーが1989年に発売した、ビデオカメラ「ハンディカム CCD-TR55」のキャッチコピー。パスポート(旧サイズ)で隠れてしまう当時としては画期的な小型化と、わかりやすいネーミングがうけ大ヒット商品に。
    当時ビデオの規格でシェアを争っていたVHS-Cを一気に追い抜きました(ソニーは8ミリビデオ)。
    「パスポートプリーズ」「ディスイズパスポートサイズ!」と外国人に話しかける、浅野温子さんが主演するテレビCMも話題に。
    受賞者は当時ソニー取締役の出井伸之さんと女優の浅野温子さんの両名。
    大衆賞
    愛される理由 元女優の二谷友里恵さんが書いたエッセイ「愛される理由」がベストセラーに。1987年(昭和62年)に歌手の郷ひろみさんと結婚し、その結婚生活を綴った本。
    ヒットを受けて雑誌やテレビなどでは「○○が愛される理由」というような表現が使われるようになりました。
    なおこの後1998年(平成10年)に離婚しています。
    受賞者は二谷友里恵さん。

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    1990 特別部門

    人語一体/語録賞
    昭和生まれの明治男 「マサカリ投法」と呼ばれる投球フォームで知られるロッテオリオンズ(現:千葉ロッテマリーンズ)の投手・村田兆治さんの事をご婦人の淑子さんが表現した「昭和生まれの明治男」。
    昭和生まれながら、明治生まれの頑固さや強さを持っているという意味です。
    1982年に肘を故障し手術や過酷なリハビリを行い、1984年の復帰後も活躍を続け、この年1990年に引退。その野球に賭ける執念や力強さを言葉にしています。
    受賞者は村田兆治・淑子夫妻。
    年間多発語句賞
    「気象観測史上(はじめての…)」 この年猛暑や空梅雨、大型台風の発生などの異常気象が数多く発生し、「気象観測史上初めての○○」のように紹介される場面が多々見れらた事から。
    地球の温暖化やオゾン層破壊など環境問題が取り上げられるきっかけとも言われます。
    受賞者はテレビ各局のお天気キャスター。
    特別賞
    スペシャルゲスト 後に湾岸戦争に発展するイラクのクウェート進攻が8月2日に起こり、イラク国内にいる外国人が拘束されました。
    当時のフセイン大統領はそれらの人々を「スペシャルゲスト」と表現。強制的にいわば「人質」をとったにも関わらずこの発言をした事で世界的な批判を浴びます。
    これを元ネタとして無理矢理何かを要求するする際に「スペシャルゲスト」という冗談が使われる事態に。
    受賞者は当時在日イラク大使のラシド・M・S・アルリファイさん。

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  • 1989年(昭和64年・平成元年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1989年(昭和64年・平成元年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1989年(昭和64年・平成元年)の日本新語・流行語大賞です。
    1984年から開始され、この年は第6回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    気になったのは新語部門の金賞「セクシャル・ハラスメント」。
    今では普通に使うセクハラですが、この頃から知られるようになったんですね。
    あとは特別部門の特別賞「平成」でしょうか。
    この年から平成が始まったので順当ですね。

    公式サイトの発表はこちら「1989年の日本新語・流行語大賞」です。

    1989年の日本新語・流行語大賞

    1989 新語部門

    新語部門 金賞
    セクシャル・ハラスメント 相手を不快にさせる性的な言動や行動の事を指す用語で「性的嫌がらせ」と訳されます。
    1970年代初めにアメリカで誕生し、日本ではこの年マスコミでよく使われるようになりました。
    きっかけになったのは2つの事件といわれ、1つは1986年に起きた「西船橋駅ホーム転落死事件」で、千葉県にある西船橋駅で酒に酔った男性が女性にしつこく絡み、それを回避する際に男性が線路上に転落し電車にひかれ死亡。この事件で女性を支援する団体が「セクシャル・ハラスメント」を使いますが、この当時はまだ広まりませんでした。
    2つ目は1989年8月に福岡県の出版社に勤務していた晴野まゆみさんが上司を相手取り民事裁判を起こし、この際の報道では「セクシャル・ハラスメント」が頻繁に使われるようになりました。
    なお1つめの判決は女性側の正当防衛が認められ無罪に、2つめも女性側の勝訴となっています。
    受賞者は西船橋駅ホーム転落死事件の担当弁護士を担当した河本和子さん。
    新語部門 銀賞
    Hanako 女性向けの情報雑誌「Hanako」と、その読者「Hanako族」が時代を象徴する女性像として注目されました。
    ターゲットとなる読者層は首都圏の27歳女性で「東京近郊の大学を出て、一流会社に勤めて3~5年以上、今すぐ会社を辞めても、海外で3カ月は暮らせる資金があり。キャリアと結婚だけではイヤ」「年2回は海外旅行へ行き、ブランド物を思い切って買うけれども、お得情報にも敏感で貯蓄もする」というもの。
    受賞者はマガジンハウス社長の木滑良久さん。
    新語部門 銅賞
    DODA/デューダ(する) DODA(デューダ)は転職情報誌で、創刊当初からテレビCMを流すなど積極的な宣伝活動で「転職する」ことを「デューダする」と表現されるまでの知名度に。
    当時はそれまでの終身雇用や生涯一企業の概念が揺らいでいる時代で、転職する事の抵抗感がなくなってきた背景も手伝っています。
    受賞者は当時DODAを発行していた学生援護会の社長 井上美悠紀さん。
    新語部門 表現賞
    まじめ×ゆかい 大手鉄鋼メーカーの川崎製鉄(現・JFEスチール)が就職活動を行う大学生に掲げたキャッチコピー。
    当時は空前の売り手市場で、学生が次々に金融系の企業に流れる事態に。なんとか繋ぎとめようと「まじめ×ゆかい 川鉄」をスローガンに募集したろころ、硬いイメージとされていた同社のイメージもあり大きな反響を呼ぶことに。
    受賞者は当時の川崎製鉄社長 八木靖浩さん。
    濡れ落葉 定年後に趣味もなく外出のあてもないため、妻が外出する際にはどこにでもくっついて行く夫を比喩した用語。
    濡れた落ち葉のように、ほうきにまとわり付きなかなか離れない様子からのネーミング。
    常に家にいる夫、そして外出する際も付いて回る、妻から見て邪魔な存在である様を表現しています。
    なおこの「濡れ落葉」の前は、同意語として「粗大ゴミ」という表現が流行っていました。
    受賞者はシンポジウムで聞いたこの「濡れ落葉」を紹介し広めた評論家の樋口恵子さん。

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    1989 流行語部門

    流行語部門 金賞
    オバタリアン/オバタリアン(旋風) 堀田かつひこさんの漫画「オバタリアン」から。アメリカのホラー映画「バタリアン」と「おばさん」を組み合わせたインパクトのあるネーミングが話題に。
    その後1990年にはテレビアニメ化もされました。
    無神経で図々しく羞恥心のない中年女性を指す用語ですが、完全にネガティブなものでなく面白味を含んだ意味合いで使われました。
    社会党の土井たか子さんはこれを愛用していました。
    受賞者は漫画家の堀田かつひこさんと土井たか子さんの両名。
    流行語部門 銀賞
    ケジメ 前年1988年に発覚したリクルート事件では、関係が深いとされる政界の大物が逮捕を回避したり疑惑があるにも関わらず辞職をしないなど、マスコミで頻繁に「ケジメ」という言葉が使われました。
    そんな中、テレビ朝日系列で放送されていたニュースステーションでキャスターの久米宏さんが番組内のコーナー「ジャイアンツエイド’89」にて「万が一にもありえないことですが、もし巨人が優勝したら、丸刈りになります。日本一になったら徳光さんの番組に出て万歳をします」と宣言。
    その後巨人が優勝したため丸坊主にした上で徳光和夫さんがメインを務める「NNNニュースプラス1」に出演し「読売ジャイアンツ、バンザイ!」と叫び、マスコミではこれを「ケジメ」をつけたと「政治家のケジメ」に絡めて報道して話題になりました。
    受賞者は久米宏さん。
    流行語部門 銅賞
    「24時間タタカエマスカ」 三共(現:第一三共ヘルスケア)の栄養ドリンク「リゲイン」のテレビCMで使われたキャッチフレーズ「24時間戦えますか」から。
    出演している俳優の時任三郎さんがサラリーマンに扮し、ビジネスで世界を股にかけて戦う姿を描いています。
    CM中では「勇気のしるし」という曲を歌っていて、この曲は後に「牛若丸三郎太」名義で1989年11月22日にシングルを発売しヒット。
    受賞者は時任三郎さん。
    流行語部門 大衆賞
    イカ天 TBSで放送していた深夜のテレビ番組「平成名物TV」内のコーナー「三宅裕司のいかすバンド天国」の略称。
    アマチュアバンドが勝ち抜き戦でチャンピオンを決める番組で、「JITTERIN’JINN」(ジッタリン ジン)や「たま」など後にメジャーデビューしたバンドも存在。
    受賞者は番組司会の三宅裕司さん。
    「こんなん出ましたけど~」 占い師の泉アツノさんが、占いの結果をしゃべりその最後に笑顔で可愛らしく言う言う台詞。
    様々なバラエティ番組で引っ張りだこの人気に。
    この占いの内容は「白蛇占い」というもので、白蛇が体に乗り移って険しく絞り出したような話し方と声で占いの内容を話し、最後に一転高い声でユーモラスに「こんなん出ましたけど~」と締めくくる流れになっています。
    受賞者は泉アツノさん。

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    1989 特別部門

    特別部門 特別賞
    『壁』開放 西ドイツ・東ドイツ、冷戦によりドイツを2つに分断していた「ベルリンの壁」が1989年11月10日に崩壊した事から。
    冷戦の象徴とされる壁が破壊される様子は世界中で放送されました。
    受賞者は当時在日ドイツ民主共和国大使館大使のシュミット・マンフレットさん。
    平成 1989年1月8日、元号が昭和から平成に替わりニュースや各メディアで頻繁に見られた事から。
    当時内閣官房長官だった小渕恵三さんが、記者会見で平成と書かれた額を掲げた姿がマスコミで多用され後に「平成おじさん」と呼ばれるなども話題になりました。
    受賞者は平成になって初めて誕生した石田成之さんで、平成元年1月8日0時0分10秒生まれ。
    特別部門 語録賞
    NOと言える日本 ソニー創業者の一人で当時同社会長だった盛田昭夫さんと、政治家・作家の石原慎太郎さんの共同執筆『「NO」と言える日本』がベストセラーに。
    このタイトルをもじり「NOと言える○○」のような表現がマスコミで使われるなどの影響が見られました。
    推測にはなりますが、この本のタイトルが受けた背景として、当時は外交の場ではっきりと断らない(言葉を濁して断る)態度が、日本以外の国の方からするとYesととられるためトラブルになるケースが多々起きていた事などがあるのかもしれません。
    本の内容は両氏それぞれの意見が記されており、盛田さんはアメリカ企業の特徴と日本の役割について、石原さんは日本の権利や意見をもっと主張すべきであるとの事が書かれています。
    受賞者は石原慎太郎さん。

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  • 1988年(昭和63年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1988年(昭和63年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1988年(昭和63年)の日本新語・流行語大賞です。
    1984年から開始され、この年は第5回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    気になった言葉をピックアップしてみると・・・。
    流行語部門大衆賞の「しょうゆ顔・ソース顔」。
    しばらく聞かない用語でしたが、最近また使われだしてるので少し前の世代は知らなくても、一周回って今の若い世代では通じるかもしれません。

    それと特別賞部門特別功労賞の「一村一品/ヒューマン・ブランド」。
    この用語は知りませんでしたが、現在では村単位ではないものの全国各地の自治体が特産品のブランド化や、生産者情報を野菜のラベルにするなどの動きが見られますが、当時としてはかなり斬新なアイデアだったのではないでしょうか。

    公式サイトの発表はこちら「1988年の日本新語・流行語大賞」です。

    1988年の日本新語・流行語大賞

    1988 新語部門

    新語部門 金賞
    ペレストロイカ 当時ソビエト連邦の共産党書記長ゴルバチョフさんが提唱し行った政治改革運動のこと。
    長らく続いていた一党独裁制で硬直した政府の立て直しや国民の不満が高まっていた背景から、グラスノスチ(情報公開)などを柱に軍縮、他国介入停止や一部市場経済の導入など民主的な方向への舵きりは世界中から好感をもった評価を受けました。
    受賞者は当時駐日ソビエト連邦大使のソロビエフ・ニコラエビッチさん。
    新語部門 銀賞
    ハナモク 現在でも時々耳にする「ハナキン」(花の金曜日の略)は、週休2日制で明日休みの状況である金曜日の仕事上がりに、飲んだり遊んだりすること。
    これに対し「ハナモク」(花の木曜日)は、金曜からは海外旅行やスキーなどのレジャーに使い、木曜を遊びに使うのが最適という認識の広まり。
    受賞者は、上記のような状況を読み取りいち早く定休日を木曜から火曜に変更した、銀座に本店のあるデパートの(株)松屋。
    新語部門 銅賞
    トマト銀行 岡山県岡山市に本店のある銀行で相互銀行だった「山陽相互銀行」から普通銀行への移行とともにこの名称に変更。
    当時としてはこれまでの銀行の名前にない斬新なネーミングにより注目、またトマトジュース等のトマト加工商品を扱うカゴメが講座を開設するなどでも話題に。
    名称の由来は公式サイトによると「トマトのもつみずみずしく、新鮮で、明るく健康的なイメージが、当社の目指すべき企業イメージとピッタリ合うということで発案」とのこと。
    受賞者は当時の山陽相互銀行社長・吉田憲治さん
    新語部門 表現賞
    遠赤(効果) 遠赤は「遠赤外線」の略で、健康管理や生鮮食品の鮮度を保つ効果があるとされる遠赤が、当時の健康ブームに乗り様々な商品で扱われるようになりました。
    受賞者は遠赤外線国際研究会。
    カイワレ族 カイワレはプラスチックケースに入ったウレタンの苗床で、土でもなく水で生きるその管理されながら育てられる姿が、まるで中学生や高校生の姿のようだとの表現した用語。
    医師で執筆家の村崎芙蓉子さんによる著書「カイワレ族の偏差値日記」の中に書かれていたこのような指摘が大きな反響を呼び、呼NHKの土曜ドラマ「カイワレ族の戦い」としてテレビドラマ化もされました。
    受賞者は村崎芙蓉子さん。

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    1988 流行語部門

    流行語部門 金賞
    「今宵はここまでに(いたしとうござりまする)」 1988年1月10日から12月18日まで放送されたNHKの大河ドラマ「武田信玄」で、最終回と一部の回を除き毎回物語の最後に「今宵はここまでに致しとうござりまする」というナレーションで締めくくられ、これがネタとなり会議や集会や飲み会などでも終了の台詞として使われるなど話題に。
    受賞者は自らも出演しナレーションも行っている大井夫人役の若尾文子さん。
    流行語部門 銀賞
    ドライ戦争 現在でも人気のビール「アサヒスーパードライ」のヒットに対し、キリンビールやサッポロビール、サントリーなどの大手ビールメーカー各社が「ドライビール」を発表するなどのシェア争いの事。
    テレビCMやラジオに雑誌にと「ドライ」の文字が並んだり、パッケージ・缶のデザインや名称まで類似の商品が出回るなどの事態に。まさに戦争のようだった事から。
    ドライ戦争の勝者はアサヒで、この年のビール市場占有率でサッポロを抜き2位となり、後に首位となる足がかりとも言える勝利でした。
    受賞者は当時アサヒビール社長の樋口廣太郎さん。
    流行語部門 銅賞
    シーマ(現象) 好景気に沸く日本経済でしたが、当時国産車には3ナンバーや高級車と呼ばれる自動車が非常に少なく、大きい車を求める人は外車を選ぶこととなり当時は外車ブームでした。そんな中、国産の3ナンバー高級車として日産から発売された「シーマ」が爆発的な人気に。
    日本人の高級志向への意識変化を象徴する「シーマ現象」という言葉が使われました。
    受賞者は当時日産自動車社長の久米豊さん。
    流行語部門 大衆賞
    アグネス論争 1987年に歌手でタレントのアグネス・チャンさんが出産、翌年2月にフジテレビ系列で当時放送していた「なるほど!ザ・ワールド」に子連れで収録スタジオに出勤したことをマスコミが取り上げます。
    これに大物歌手の淡谷のり子さんがテレビでこの行為を否定発言、さらに作家の林真理子さんが週刊文春のコラムで批判し、アグネスさんはこれに「中央公論」で反論します。
    その後も双方の否定派・肯定派を巻き込んで雑誌やテレビで議論を交わすなど国民的関心になりました。
    結婚したら仕事を辞めるのが当たり前の時代背景や、男女雇用機会均等法が施行され女性の自立が注目されていた中での「時代」を感じさせる出来事だったといえます。
    受賞者は当事者のアグネス・チャンさん。
    5時から(男) 栄養ドリンク「グロンサン」(当時:中外製薬)のテレビCMで、高田純次さん演じる中年サラリーマンが午後5時までの仕事で疲れきっているものの、午後5時に仕事を終えグロンサンを飲んで元気になって遊びに行くというストーリーがサラリーマンに受けました。
    商品は売り上げを伸ばし、仕事よりも遊びが中心の人達のことを「5時から男」と表現するようになりました。
    なお、同商品のこの年のキャッチコピーは「5時まで男も、5時から男も、グロンサン」、翌年1989年からは「5時から男のグロンサン」になっています。
    受賞者はタレントの高田純次さん。
    しょうゆ顔・ソース顔 切れ長で一重・奥二重をした和風の薄い顔立ちを「しょうゆ顔」、彫りが深く目鼻がくっきりしている洋風の濃い顔立ちを「ソース顔」と、男性の顔を分類する遊びが若い女性の間で流行。
    「マヨネーズ顔」「ケチャップ顔」「みそ顔」などの分類もありました。
    受賞者はしょうゆ顔の代表として東山紀之さん、ソース顔の代表として錦織一清さんの両名。

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    1988 特別賞部門

    特別賞部門 特別功労賞
    一村一品/ヒューマン・ブランド 一村一品運動は当時大分県知事の平松守彦さんが提唱し、1980年から大分県の全市町村で開始された地域振興運動で、県内各市町村がそれぞれに何か特産品を育て上げて地域を活性化させるのが目的。1982年には「一村一品のすすめ 」を出版しています。
    ヒューマンブランドは顔が見える生産者とすることで、生産者自体をブランドにする試み。
    これが日本全国の自治体でも導入する事例が見られるなど広がりを見せることになりました。なお、現在では東南アジアでも導入の動きが見られます。
    受賞者はご本人の平松守彦さん。
    特別賞部門 人語一体傑作賞
    「ユンケルンバ ガンバルンバ」 佐藤製薬が発売している栄養ドリンク「ユンケル黄帝液」のテレビCMでタモリさんが言うセリフ。
    意味合い的には「ユンケルを飲んで頑張ろう」という内容になると思われますが、言葉の響きとタモリさんの個性と表現が合わさって独特な世界観が受け「人語一体傑作賞」を受賞。
    CM出演のきっかけは、2014年までフジテレビ系列放送されていた「笑っていいとも!」の放送終了後のフリートークでタモリさんが「ユンケルを飲んだら風邪が治った」と発言したところ佐藤製薬からユンケルが大量に送られてきたことから。
    受賞者はタレントのタモリこと森田一義さん。
    特別賞部門 報道傑作賞
    「ふつうは“汚職”と申します」 この年、戦後最大の企業犯罪と言われた贈収賄事件、リクルート事件が発覚。
    関係者は一様に「知らない」「秘書が」などのようにしらばっくれる中、産経新聞の見出しに登場したのがこの『ふつうは“汚職”と申します』の文字。このズバっと言い切ったフレーズが絶賛されました。
    受賞者は産経新聞の山本泰夫さん、藤田実さんの両氏。

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  • 1987年(昭和62年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1987年(昭和62年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1987年(昭和62年)の日本新語・流行語大賞です。1984年から開始され、この年は第4回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    気になったのは新語部門の表現賞「朝シャン」。
    今ではもう当たり前過ぎてわざわざこの用語を使わないくらいですが、それまで朝髪を洗う習慣がなかったのが驚きです。

    そして民営化によりこの年に誕生したJRは新語部門の銀賞です。
    この年より前は「日本国有鉄道」略して国鉄(こくてつ)という政府100%出資の公社でした。

    公式サイトの発表はこちら「1987年の日本新語・流行語大賞」です。

    1987年の日本新語・流行語大賞

    1987 新語部門

    新語部門 金賞
    マルサ マルサは国税査察官の事で、査察の「さ」を○マークで囲んで読むと「マルサ」になる事から。
    この年(1987年)に公開された女性査察官を主人公にした映画「マルサの女」が大ヒットし、マルサが注目される事に。
    受賞者は「マルサの女」脚本・監督の伊丹十三さん、主演女優の宮本信子さん。
    新語部門 銀賞
    JR 日本国有鉄道(国鉄)が4月1日に分割民営化し、JRグループに生まれ変わり、「JR」の言葉が大きく報道。
    国鉄は1872年(明治5年)に新橋駅 – 横浜駅間で正式開業から115年の歴史がありました。
    JRは「Japan Railways」(ジャパン レイルウェイズ)の略で、旧国鉄は「Japanese National Railways」(ジャパニーズ ナショナル レイルウェイズ)です。
    なお分割によってそれぞれ次の12の法人に承継されました。
    「北海道旅客鉄道」「東日本旅客鉄道」「東海旅客鉄道」「西日本旅客鉄道」「四国旅客鉄道」「九州旅客鉄道」「日本貨物鉄道」「鉄道通信」「鉄道情報システム」「新幹線鉄道保有機構」「財団法人 鉄道総合技術研究所」「日本国有鉄道清算事業団」。
    受賞者は日本国有鉄道清算事業団理事長の杉浦喬也さん。
    新語部門 銅賞
    第二電電 1985年の通信自由化により電電公社がNTTとなり、新会社が次々と参入してきます。
    1984年6月に設立した「第二電電」は他の参入企業の多くがカタカナや英語の名称の中、独特のネーミングと1987年に開始した「0077市外電話」が注目されました。
    なお、auで知られる現在のKDDI株式会社は第二電電が前身になっています。
    受賞者は第二電電の当時社長 森山信吾さん。
    新語部門 表現賞
    サラダ記念日 俵万智さんのデビュー歌集「サラダ記念日」が280万部のベストセラーに。歌集としては異例のヒットで、短歌ファンの獲得にも貢献したと言えます。
    タイトルにも使われた歌『「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日』はあまりにも有名なフレーズに。
    大学卒業後に国語教師として働きながら発表した「野球ゲーム」が1985年の第31回角川短歌賞次席になり、翌年の第31回では
    「八月の朝」が角川短歌賞受賞になるなど、サラダ記念日の発売前から超大型新人として注目されていました。
    受賞者はご本人の俵万智さん。
    朝シャン(モーニング・シャンプー) 資生堂の「モーニングフレッシュ」という斉藤由貴さんが出演していたシャンプーのテレビCMで使われたフレーズ「朝のシャンプー」を略して「朝シャン」。
    それまであまりなかった、朝にシャンプーするという習慣が女子高校生を中心に広まり、その後もこの習慣は収束することなく続きます。
    髪を洗える広い洗面台もこの頃から増え始めました。
    受賞者は資生堂商事(現:エフティ資生堂)のセールス商品事業部。
    ノリサメ 乗ってるかと思いきや冷めてる、本心が読みにくくわかりづらい、扱いにくい事を指します。またそういった人達を「ノリサメ族」と呼びます。
    前夜の飲み会では盛り上がっていて心開いたようにも見えたものの、翌日には昨日の事がなかったかのように冷めているなどの行動が該当します。
    乗るときはノって、すぐに冷静にな態度で番組を進行するなどノリサメを演じられるタレントとしての評価により、受賞者は高田純次さんと兵藤ゆきさんの両名。

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    1987 流行語部門

    流行語部門 金賞
    懲りない○○ 安部譲二さんの著書「塀の中の懲りない面々」がベストセラーとなり、その影響からか汚職や詐欺など何かあきれるような事件が起きると『懲りない○○』のように新聞やテレビで報道されるパターンが目立った事から。
    刑務所を舞台にした懲役囚の日常を描いた自伝的な小説で。「塀の中」は刑務所の事で、「懲りない面々」は罪を犯したのに反省していなかったり再び刑務所に戻ってくる人達の事を指しています。
    受賞者はご本人の安部譲二さん。
    流行語部門 銀賞
    「なんぎやなぁ」 この年阪神タイガースの戦績が振るわず、その件に関して日本テレビ系列で放送されていた「ズームイン!!朝!」にで辛坊治郎さんと森たけしさんが『なんぎやなぁ』と心境を表現したところ、批判でもなく罵りでもないこの悔しい気持ちが伝わってくるような台詞が話題に。
    毎回負けた試合の度に「なんぎやなぁ」と言うのが恒例になり、視聴者プレゼント用に「なんぎやなぁステッカー」も作られました。
    受賞者は辛坊治郎さんと森たけしさんの両名。
    流行語部門 銅賞
    ゴクミ 当時女優・タレントの後藤久美子さんの愛称。「ごとうくみこ」の略。
    語呂がよかったこともあり、テレビや雑誌などのマスコミで頻繁に使われる事に。
    流行語公式サイトでは『元祖“国民的美少女”と言われたゴクミ人気が大フィーバー。人気ドラマ「伊達政宗」に出演したとはいえ、演技は今一のゴクミがなぜ人気沸騰したかは謎』と紹介されています。
    受賞者はご本人の後藤久美子さん。
    流行語部門 大衆賞
    マンガ日本経済入門 1986年11月に出版の、経済をわかりやすく解説した石ノ森章太郎さんの経済学習漫画「マンガ日本経済入門」がヒット。
    大人向けの学習漫画という今までにないジャンルを開拓し、他分野でも大人向け漫画が発売されるなど、その後の出版にも影響を与えました。
    実は第1巻だけご本人は書いておらず、ヒットを受けて2巻から書き始めたようです。
    同年には小学館漫画賞、翌年には第17回日本漫画家協会賞大賞を受賞。
    受賞者は石ノ森章太郎さん。
    ワンフィンガー ツーフィンガー サントリーのウイスキー「サントリーオールド」のテレビCMで、村松友視さんの台詞「ワンフィンガーでやるもよし。ツーフィンガーでやるもよし。」から。
    指一本分・二本分の量をグラスに注ぐことから由来しています。それぞれシングル(約30ml)・ダブル(約60ml)と同じ意味です。
    この表現が受け、しばらく実際のバーでの注文でもこの言い方で行われていました。
    受賞者はCMに出演してらっしゃったご本人で作家の村松友視さん。
    サンキューセット 日本マクドナルドが「ハンバーガー」「ポテト」「飲料」の3点を組み合わせて安くなる、390円のセット「サンキューセット」(39をサンキューと読ませる)を売り出したところヒット商品に。
    これに追随しロッテリアが380円の「サンパチトリオ」を発売、翌年1988年にはその対抗として日本マクドナルドがさらに値下げした360円で「サブロクセット」を販売しました。
    受賞者は当時日本マクドナルド(株)社長の藤田田さん。

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    1987 特別賞部門

    特別賞部門 特別功労賞
    “国際”国家 1806日に及ぶ長期政権だった中曽根首相の発言やスローガンから。国内では日本専売公社(現:JT)、日本国有鉄道(現:JR)、日本電信電話公社(現:NTT)の民営化などの改革に取り組み、外向けには「国際国家・日本」を合言葉に様々な場所で口にしていた言葉です。
    受賞者はご本人の中曽根康弘さん。
    特別賞部門 特別賞
    鉄人 プロ野球の広島カープで日本の連続出場試合の当時世界新記録を達成した衣笠祥雄さんの愛称「鉄人」から。1974年までの背番号28から漫画の「鉄人28号」から取って『鉄人』に由来しています。
    なお受賞時は2191試合の連続記録更新中で、最終的には1987年10月22日に2215試合をマーク。
    「○○の鉄人」のようなフレーズがテレビや雑誌などでも使われる現象も起きました。
    受賞者はご本人の衣笠祥雄さん。

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  • 1986年(昭和61年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1986年(昭和61年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1986年(昭和61年)の日本新語・流行語大賞です。
    1984年から開始され、この年は第3回に当たります。

    前年・翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    今でも聞く言葉は「ファミコン」「激辛」「究極(美味しんぼ)」「家庭内離婚」などでしょうか。
    今では普通に使っている「激辛」はこの年に生まれたんですね。

    公式サイトの発表はこちら「1986年の日本新語・流行語大賞」です。

    1986年の日本新語・流行語大賞

    1986 新語部門

    新語部門 金賞
    究極 この言葉自体は以前から今も使われているように、物事をつきつめるとか極めるという意味合いですが、これを別のニュアンスとして漫画「美味しんぼ」にて『究極のメニュー』という名称で使用したことにより受賞。
    「究極のラーメン」「究極のスポーツ」など、他の分野でも使われる結果に。グルメブームの火付け役とされた事なども受賞の理由と思われます。
    受賞者は美味しんぼ原作者の雁屋哲さん。
    新語部門 銀賞
    激辛 淡平という煎餅屋さんで一味唐辛子をまぶしたせんべい「激辛・特辛子」を販売したところ思わぬ反響があり、この「激辛」というフレーズがカレーやラーメン、その他エスニックや韓国料理などグルメ関連で幅広く利用される事に。
    明治17年創業の老舗煎餅店、神田淡平(かんだあわへい)の店主・鈴木昭さん。
    新語部門 銅賞
    ファミコン 1983年(昭和58年)7月15日(金)に任天堂から発売され、大ブームを巻き起こした家庭用ゲーム機。当時メーカー希望小売価格は14800円。
    1985年には「スーパーマリオブラザーズ」を発売し大ヒット、同年アメリカでの販売を開始。翌年1986年にはカナダ、台湾、香港やヨーロッパでも発売され世界的な大ヒット商品に。
    受賞者は当時任天堂社長の山内溥さん。
    新語部門 表現賞
    川の手 隅田川を軸としたその周辺の下町は明治以降、地盤沈下が進みますが1970年代からの法整備などの対策により収まりはじめます。
    そして政府主導の都市再開発もあり再興の願いを込め、東京都区部の「山の手」に対し『川の手』とネーミングされました。
    受賞者は当時東京都墨田区長の山崎榮治郎さん。
    家庭内離婚 愛情はすでに冷め夫婦生活が破綻しているものの、経済的な問題や子育て、互いの親の関係など等、様々な問題で離婚できないでいる状態を表現した言葉。
    林郁さんがテレビで発言しこの年「家庭内離婚」のタイトルで本を書いています。
    受賞者はご本人、作家の林郁さん。
    アークヒルズ 東京都港区の赤坂と六本木にまたがった位置にある、この年に完成したオフィス・住宅・ホテル・放送局などが入る複合施設で、大規模都市再開発のモデルケースとされ、東京の新名所に。
    民間の都市再開発事業としては当時最大級の規模でした。
    開発・運営は後に六本木ヒルズも運営することになる「森ビル」。計画は1967年から始まり、完成まで19年かかっています。

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    1986 流行語部門

    流行語部門 金賞
    新人類 それまでの古い世代とは違い、新しい価値観を持った若い世代を指している用語。
    主に1956年から1967年生まれが対象になっていて、秋元康さん、石橋貴明さん、尾崎豊さん、清原和博さん、北尾光司さんなどが挙げられます。
    この言葉を発案したのは評論家の栗本慎一郎さんで、筑紫哲也さんが朝日ジャーナルの連載「新人類の旗手たち」によって広く知られる用語になりました。
    受賞者はプロ野球の清原和博さん、工藤公康さん、渡辺久信さんの3選手で、これまでの球界の常識を打ち破ったファッションや言動などが理由です。
    流行語部門 銀賞
    知的水準 当時総理大臣の中曽根康弘さんが1986年9月22日に静岡県のホテルで行われた自民党全国研修会において外国(アメリカ)に対し「知的水準が低い」という旨の発言したとされる問題。
    日本のマスコミでは大きな報道はされなかったものの、アメリカで報道されると大きな反発があり、中曽根首相が謝罪。
    なお発言の内容は次のとおり。『しかも日本はこれだけ高学歴社会になって、相当インテリジェントなソサエティーになってきておる。アメリカなんかよりはるかにそうだ。平均点から見たら、アメリカには黒人とかプエルトリコとかメキシカンとか、そういうのが相当おって、平均的にみたら非常にまだ低い。』です。
    発言の意図としては人種差別ではなく民族や集団の学歴に差がある事を意図した発言であるとのこと。
    受賞者は当時ロイター通信社支局長のマイケル・サラモンさん。
    流行語部門 銅賞
    「亭主元気で留守がいい」 金鳥(KINCHO、キンチョー)ブランドで知られる大日本除虫菊の商品「タンスにゴン」(タンス用防虫剤)のテレビCMで使われたフレーズ。
    CMでは「駅前通町内会婦人部」なる女性たちの集会にて「今月の合言葉」としてこの言葉が紹介されるます。
    夫は元気で仕事し家庭にお金だけをを入れ、妻にとっては夫が家にはいない方が楽でいいという意味合い。
    受賞者は当時大日本除虫菊社長の上山英介さん。
    流行語部門 大衆賞
    おニャン子 前年の1985年から始まったフジテレビの番組「夕やけニャンニャン」でのアシスタントとして活動していた女子高生グループで、「おニャン子クラブ」として活動し、番組開始から約3ヶ月に発表されたデビューシングル「セーラー服を脱がさないで」のヒットでブレイクし、その後もグループはもちろん個々のソロ活動などでも歌に写真集にとアイドルシーンを席巻します。
    メンバーの加入と脱退が頻繁にあり、結成時11人で解散時は19人が在籍。1987年8月31日(月)、番組終了に伴い翌9月の解散コンサートももって2年半の活動を終了します。
    初期のメンバーは「オールナイトフジ女子高生スペシャル」という特番に出演していた女子高生から選抜された11人で、その後の追加メンバーは芸能界に染まっていない素人感覚の現役の女子高生が中心になっています。
    受賞者はおニャン子クラブ。
    「プッツン」 張りつめていたものが切れるときの擬音として使われる言葉ですが、これを頭の血管が切れた音に例え、こらえていた感情などが爆発して激怒したり感情のコントロールが効かなくなった状態を表したり、(頭の血管が切れているという意味で)奇行や異様な行動をする人物に対して使います。
    タレントの片岡鶴太郎さんがテレビ番組でこの「プッツン」をネタとして使い流行。
    1987年フジテレビのドラマ「アナウンサーぷっつん物語」や、1986年から1992年まで放送されていた日本テレビの「鶴ちゃんのプッツン5」のようにドラマや番組タイトルにも使われました。
    受賞者は片岡鶴太郎さん。
    流行語部門 特別賞
    「やるしかない」 この年に行われた衆参同日選挙で社会党の大敗を受け石橋政嗣さんが委員長を辞任し、土井たか子さんが第10代社会党委員長(党首)に就任したときの発言。
    受賞は「やるしかない」ですが、実際の言葉は「やるっきゃない」だったようです。
    受賞者はご本人の土井たか子さん。
    150円台 前年のプラザ合意により、1978年のカーターショック以降円安の流れになっていた円相場は急激に円高が進みます。
    200円台は当然のように割り込み、その後もさらにこの流れが止まらない状態となり、150円にまでなるとの予測は衝撃的に報道されます。
    東海銀行調査部は円高の相場を的確に読み取り発表していたため、受賞者は当時の東海銀行頭取・加藤隆一さん。
    なお当行は2002年に三和銀行と合併しUFJ銀行に、さらに2006年には東京三菱銀行と合併し三菱東京UFJ銀行になっています。
    流行語部門 語録賞
    「バクハツだ!」「なんだかわからない」 1970年に大阪で開催された日本万国博覧会(大阪万博)のシンボル「太陽の塔」制作でも知られる、画家・芸術家の岡本太郎さんがテレビ番組で発言していたフレーズ。
    レギュラー出演していた日本テレビのバラエティ番組「鶴太郎のテレもんじゃ」で登場する際に「芸術は爆発だ」「何だ、これは」の発言や番組内での言動がウケ話題に。
    受賞者は岡本太郎さん。
    流行語部門 不快語追放応援賞
    地揚げ・底地買い バブル景気で地価が高騰する中、土地の転売で利益を得ようと強引な手法で土地を買い漁る地上げ屋や、底地買いなどの不動産売買によるトラブルが増加。
    中には暴力団を使い住人を立ち退かせるなど悪質な行為もあり社会問題化する中、女優の馬渕晴子さんも購入した高級マンションがこの騒動に巻き込まれる事になりますが、相手の不動産業者に対し裁判を起こしその様子が報道されたことで「地揚げ・底地買い」反撃のシンボル的な存在に。
    なおこれらの問題は1992年のバブル崩壊により地価が下落し収束します。
    受賞は馬渕晴子さん。

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    他の年の流行語について

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  • 1985年(昭和60年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1985年(昭和60年)の「日本新語・流行語大賞」一覧と解説

    1985年の日本新語・流行語大賞の一覧と、それぞれの用語に解説を付けました。
    毎年12月に発表され話題になるこのイベントは前年の1984年に始まりましたので、1985年は第2回目となります。

    翌年と、すべての年の流行語についてはこちらをご覧ください。

    今でもよく耳にするのは「パフォーマンス」「NTT」「キャバクラ」でしょうか。
    「イッキ!イッキ!」は今ではこんな直接的ではないですが、違う言い回しでお酒を飲ませるコールがまだ使われてますね。

    公式サイトはこちら「1985年の日本新語・流行語大賞」です。

    1985年の日本新語・流行語大賞

    1985 新語部門

    新語部門 金賞
    分衆 この年の1月に発売された博報堂生活総合研究所の著書『「分衆」の誕生 ニューピープルをつかむ市場戦略とは』に掲載された考え方で、高度成長期には量的満足を求める「大衆」となり、その後必要不可欠なものが普及しだすと質的満足を求め「分割された大衆」に。そして価値観の多様化や個性化が進み「分衆」が生まれるとの内容。
    受賞者は当時、博報堂代表取締役会長で博報堂生活総合研究所社長の近藤道生さん。
    新語部門 銀賞
    パフォーマンス ダンスや演劇、楽器を演奏したり、行動や振る舞いなどを意味する「パフォーマンス」ですが、現在では当然のように誰もが使う用語ですが、当時もある程度は広まっていましたが今ほど一般的に使われてはいなかったようです。
    そんな中、日本社会党(現・社民党)が1985年6月に発表した「日本社会党の新宣言」の草案「日本社会党の新宣言-愛と知と力のパフォーマンス」が公表され、お堅いとされる同党がこの言葉を使った事で話題に。
    受賞者は当時日本社会党委員長の石橋政嗣さん。
    新語部門 銅賞
    NTT この年の4月、公衆電気通信法が電気通信事業法に改正された事により、「日本電信電話公社」が民営化され「NTT」(日本電信電話株式会社)になりました。大きく報道されあっと言う間に日本全国にこの名前が知れ渡ることに。
    日本電信電話公社は「電電公社」や「電々公社」と略され、読み方は「でんでんこうしゃ」。NTTは「Nippon Telegraph and Telephone Corporation」の略称です。
    受賞者は当時電電公社から引き続きNTTの社長を務めた真藤恒さん。
    新語部門 表現賞
    キャバクラ 「キャバレー」と「クラブ」を組み合わせた造語「キャバレークラブ」を略した用語。
    それまで(1960年代から1970年代頃)まではキャバレーが流行していましたが、ニクソン・ショックや中東で起きた戦争の影響でネオンサインの自粛などがあり停滞。
    新しい形態のお店として次第にキャバクラが台等してきました。
    なおキャバレー(cabaret)はフランス語で、クラブ(club)は英語です。
    受賞者はキャバクラ運営などを行う当時レジャラース社長(現・代表取締役会長)の新冨宏さん。
    言語戦略 鈴木孝夫さんの著書「武器としてのことば―茶の間の国際情報学」で提唱されている、国際社会において言葉を武器にする戦略が必要との主張。
    他国の言語を学ぶことや、国連の公用語6ヶ国語の中に日本語を加える事の重要性など等が説かれています。
    受賞者は著者で当時慶応義塾大学教授(現・名誉教授)の鈴木孝夫さん。
    ネバカ ネクラ・ネアカのように「ネ」(根)を使った用語の「ネバカ」は「根っからのバカ」の意味。
    当時は女子大生・女子高校生ブームで大人たちからチヤホヤされて舞い上がっている若者達を揶揄した言葉。
    受賞者は考案者のエッセイスト・諸井薫さん。

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    1985 流行語部門

    流行語部門 金賞
    「イッキ!イッキ!」 コンパや飲み会や居酒屋など、お酒の席でのイッキ飲みを煽る掛け声、今でいう「一気飲みコール」。
    この当時よりも前から若者を中心に使われていたようですが、その世代が社会に出て一般的にも見かける光景になったことから。
    公式サイトではスーツ姿でイッキ飲みする姿が「若者の幼児化」ともとれると説明されています。
    受賞者は慶応義塾大学体育会代表の方達です。理由は同会が最初にこのコールを始めたとの情報から。
    流行語部門 銀賞
    トラキチ プロ野球の球団・阪神タイガースの熱狂的なファンの事。タイガースの「虎」とキチガイの「キチ」を組み合わせた造語。
    当時は掛布選手や真弓選手やバース選手などスター選手が揃っており、21年ぶりのリーグ優勝をもたらしています。
    現在ではキチの方はテレビでの放送禁止用語の1つで汚い言葉ですが、この用語に蔑称の意味はありません。
    受賞者は1977年にそれまで10を超える阪神タイガース私設応援団を統合し、初代団長だった松林豊さん。
    流行語部門 銅賞
    角抜き ロッキード事件により逮捕・起訴され自民党を離れた田中角栄さんでしたが、その後も「闇将軍」と呼ばれ、政界に絶大な影響力を持ち続けており「角影内閣」「直角内閣」「田中曽根内閣」などとも言われるほどでした。
    しかし2月27日に脳梗塞で倒れ入院したことがきっかけとなり、その影響力は急速に失われてゆくことに。
    竹下登さんと金丸信さんによる経世会旗揚げなどもあり、田中角栄さん抜きにして物事が進んでゆく状態を「角抜き」と表現しました。
    言葉の由来は沖縄返還の際に使われた用語「72年・核抜き・本土並み」からと思われます。
    受賞者は当時日本経済新聞政治部部長の山岸一平さん。
    流行語部門 大衆賞
    「私はコレで会社をやめました」 タバコ型をした禁煙グッズ「禁煙パイポ」のテレビCMで話題になった台詞。
    CMはまず1人目の中年サラリーマン風の方が禁煙パイポを縦に持って『私はこの禁煙パイポでタバコをやめました』と言い、続いて2人目も『私もこのパイポでタバコをやめました』そして3人目ではパイポでなく小指を立てて『私はこれ(小指)で会社を辞めました』とオチを付け、最後に3人で「ぷはー」と言いCMが終了します。
    小指は女性を意味していて、会社で女性問題があり会社を辞めるはめになった事を示唆しています。これがサラリーマンに大いに受け流行することに。
    なお、小指を立てる人がいない、3人とも禁煙パイポを紹介するバージョンもあります。
    受賞者は当時アルマン株式会社(後にマルマン傘下に)の代表取締役・三好重恭さん。
    「投げたらアカン」 プロ野球の近鉄バファローズで活躍した300勝投手の鈴木啓示さんが公共広告機構(ACジャパン)での青少年健全育成キャンペーン用CMで語った台詞。人生・人間・学校などを投げ出したらいけないの意味。
    関西弁のアクセントや印象に残るフレーズが子供に受け話題に。
    鈴木啓示が語るフレーズは次の通り。『わしは雑草や。踏まれて傷だらけになっても当たり前や。けど見てみい、雑草はコンクリートを割ってでも伸びてきよる。中・高生諸君、雑草になろやないか。投げたらあかんのや。一度や二度の失敗で人間投げたらあかんのやで。』
    受賞者は鈴木啓示さん。
    流行語部門 特別賞
    100ドルショッピング 当時内閣総理大臣だった中曽根康弘が「1人100ドルの外国製品を買いましょう」という内容の呼びかけを行ったことで、皮肉も込められて話題になった用語。
    急速な経済発展を遂げた日本は、様々な分野でアメリカとの深刻な貿易摩擦が生じるようになったため、輸入制限などの報復措置をチラつかせて日本に圧力をかけたようです。
    当時はアメリカの貿易赤字は膨らむばかりだったうえ、日本企業によるアメリカの有名なビルや一等地の購入などもありジャパン バッシングが行われていた背景があります。
    受賞者は中曽根康弘さん。
    流行語部門 特別語録賞
    「愛しているからチラいのよ」 生島治郎さんが1984年に発表した小説「片翼だけの天使」で登場するヒロインの韓国人女性が言ったセリフ。
    本はベストセラーとなり二谷英明さんと秋野暢子さん主演で1986年には映画化されます。
    離婚歴のある中年小説家がカメラマンの友人に誘われ行ったソープランドで知り合った韓国人ソープ嬢との純愛物語。
    受賞者は生島治郎夫妻。
    流行語部門 特別功労賞
    テレビ番組「ひょうきん族」から発する各種流行語 フジテレビ系列で1981年5月16日から1989年10月14日まで放送されていたお笑い番組「オレたちひょうきん族」。
    「タケちゃんマン」「ブラックデビル」「アミダばばあ」「知っとるケ」「ホタテマン」「アダモステ」など数々の人気キャラクターや流行語を生み出し、1982年10月2日の放送では同時間帯で放送されていた(裏番組)国民的人気だった「8時だョ!全員集合」の視聴率を超えるなど、テレビの在り方を変えたと言われるほどの人気に。
    受賞者は当時フジテレビジョン編成局第2制作部の横沢彪さん。

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